何を教える?
おおかたの先生は、私のすることは『パソコンを教える』ことだと思っておられます。
見たところそうなっていますが、それでいいのでしょうか。第一、『パソコンを教える』って、どういうことでしょうか。
1年生の初めの授業では、私は子どもたちに、
「パソコンはいろんなことができます。このことをわかって、自分で使い方が見つけられるようになるための時間が、パソコンの時間です」
と言います。
高学年で情報モラルについて話しをするときは、
「パソコンはいろんなことができます。どう使うか決めるのは、みんなです。学校の勉強はすべて、どう使うか決められるようになる人間になるためです。」
みたいなことを言います。
電気製品の中では、唯一用途が一通りでないのがパソコンです。子どもたちに「パソコンて何?」と聞くと、ほとんどどの学年でも、最初に出てくるのが「調べる」です。パソコンとインターネットが切り離せない関係にあることがよくわかります。「情報」を扱う道具、何らかのコミュニケーションの道具なのです。
極端な話、パソコンを操作することを教えると、無防備で世界に飛び出していくことに繋がってしまいます。やっとよちよち歩きができた幼子(おさなご)が、往来に踏み出しているのを、何もせずに傍観しているだけ、という状況に似ています。
私はパソコンを教えることを通して、コミュニケーションの力や、モラルといった、相手意識が身につくようにしたい。往来を歩けるだけの知識(交通法規)と、危険を避けることのできる判断力と敏捷性、体力を身につけさせたい。
この頃では、授業の始めや終わりの挨拶の仕方にもケチをつけ、小うるさいおばさんになりつつあります。
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